絶望の中から生まれる希望
俺は基本的に生活面で健康に悪いことばかりしている。
特に最近は乱れに乱れきっている。
高校生の割には歴史の真実に触れすぎてしまったのだろう。
もしかしたら、俺は寿命を縮めたいのかもしれない。
おそらく、世界に絶望しているんだろうな、少なからず。
だからと言って自害なんていう選択肢は俺にはない。
それがどれだけ虚無であり、悲哀のかけらもない行為であるかを知っているからだ。
かくいう俺も自殺について考えたことはないとは絶対に言わない。
「俺が死んだら、どれだけ親が悲しんでくれるだろうか」
そういう確信があったからこその発想だった。
子供は大人が思っている以上に恐ろしいことを考えるものである。
結局、この子供が踏みとどまったのは、生への執着があったからだろう。
…俺もそこら辺の犬や猫と同じような動物だったのだ。
少なくとも、俺の人生は俺のためにある。決して他人のために存在しない。
それでついでに他の誰かを救えるのなら、それを手助けすればいい。
可能性が1%以下でも救うだけの価値があると思ったのなら、俺は手を差し出す。
何でもかんでも救いを与える女神のような存在のほうがよっぽど偽善者だ。
俺が寿命を縮めている理由。それは現世から早く立ち去りたいからだけではない。
結局いろいろと嘆いたところで、俺の胸の奥では野心が渦巻いている。
人生というのは退屈なのだ。その退屈から開放されるなら何でもやろう。
どうせ、死んだら永遠に退屈が続くんだ。だったら自分を躍起にさせたほうが断然いいに決まっている。
世界は俺に絶望を与えた。しかし、俺は絶望をすべて絶望で返そうとはしなかった。
もしかしたらそうさせることがこの醜くも美しい世界の魅力なのかもしれない。
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